真剣なニンゲンのお話

感動を誘うモノ

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北大路魯山人は

「自分の実力が相手より上であれば、相手の実力が手にとるようにわかって、おのずと余裕が生まれてくる。画でいうなら、自分の鑑賞力が高ければ、いかなる名画といえども、自分だけの価値を見出すことが出来る。しかし、画が自分の鑑賞力より数等上であれば、その美の全部を味わうことは出来ない。  反対に自分の力がより上であれば、今度は相手の画が不足になってあらゆる欠点が発見される。 かくのごとく鑑賞力なり、味覚なりは、わかる者にはわかるし、わからぬ者にはどうしてもわからない。



画をなんに置き換えてもOKだろう。

先日も「オーガニック珈琲」にやられたが、先方はこんなものだろうと高をくくっているに違いない。ずいぶんと世間をなめたものだが、こういう手合いが相当数だから、もって瞑すべし。

居合についても、私はうまい下手という枠を超越して、感動を呼ぶか?と拝見することにしている。

世間は、スタバのコーヒーのように、どこを切っても「金太郎飴」みたいな居合が幅を利かし、それどころか缶コーヒーやインスタントでお調子者を悪びれる様子も無い。 それでは何の工夫も発展性も無い有様だが、居合の業に「雑味」があって、それが個性となっている掟に沿った、正統的なものを拝見するとやっと安心できる。

それは、本人の稽古に向かう熱意と、指導するものの懐の深さに比例するようだ。

指導するものに必要なのは「衣だけのてんぷら段」や経験値ではなく、絶対音感に似たセンスを極限まで磨き上げる努力である。
われわれの目指す居合は、すらすらとよどみなく、それでいてのろはやの、後で凄みの風が来る様なきつくなく、業の輪郭もおぼろげな、相手が「いつの間にかやられていた」という実用品で無ければならない。もちろん模擬刀でひょろひょろの太刀ゆき、屁のような足踏みではおぼつかない。

試合に勝つなどということが眼目では、到底到達できない地平だから、心して臨んで欲しい。
居合の試合などというモノは、スタバの全国競技大会があったとして、どこそこの店の珈琲が一番うまい、などといっても金太郎飴のレベルでの問題だから、世界には、ウ~ンとうなるような、芳香に陶酔するような、すばらしいものが存在しているのを見てみない振りしているようなものだ。
心ある武道家から顰蹙を買っていることすら自覚が無い。

1秒、1°、1呼吸の中に展開される循環無端をこめた業を「居合が趣味です」などというバカが窺い知ることは無い。


みたものの魂を揺さぶる居合こそ本物である。

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